山行名

2001年度 文登研「岩登り講習会」

山域名 文部科学省登山研修所及び剱沢周辺
山行日 2001年8月2日(木)〜8月6日(月)
メンバー 野口 みほ子(3)

行動記録

8月1日(水)

 天野さんに別れを告げ、大阪を出発する。ひたすら独りで移動。荷物の重みで地面に足がめり込みそうだった。やっとの思いで立山駅近くにある「文部科学省登山研修所」につく。あまりの重さに、玄関にあった体重計でザックの重さを量ってみる。49kg。「・・・」。

 名簿をもらうとみんな一般の人で、女性は6人しかも学生は2人だけ。その日は前日宿泊する人と交流を深めようとしたが失敗した。明日に備えて体を休める。


8月2日(木)

(10:00)講義「確保理論」―(13:30)実技「登攀技術と確保」―(22:00)就寝

 今日は講義で確保の理論的なことを教えてもらった。「確保」というものはやってみないと解らないものだが、ただ単に止めればいいというだけでは不十分であることを知った。大学の講義のようだったが楽しかった。学校でもこの講義だったら休まず行くのになぁ。実技では班別に行動する。私は唯一の学生で弘前大の若松さんと一緒だった。岩登り自体初めてらしい。まずは肩がらみと>ATCでタイヤ(40kgと60kg)を止める。なかなか楽しいものだった。その後、正式な懸垂下降となぜか私だけがダブルロープでのリードをする。明日はいよいよ鹿児島にいる皆より一足先に剱沢だ。ドキドキ。


8月3日(金)

(5:30)起床―(7:00)研修所発―(8:30)室堂着―(9:20)室堂発―(12:40)剱御前小屋―(13:45)前進基地着―(15:00)実技―(17:00)講義―(21:30)就寝

 今日は入山だ。私は定着合宿分の荷物も持っていこうと思い、結構な無理をして入山。ザックが重くて肩に食い込んでくる。基地まででヒィーヒィーなる。女性は5人で5班と6班(しかも5班は皆一般人)だけなので合同で行動することになった。もちろんテントも一緒。基地に着くとすぐに休むまもなくテントをたてる。たてたと思えばすぐに実技。近くの岩場でボルト、ハーケン、ナッツ、キャメロットの練習をする。早く休みたいと心の中でひたすらつぶやく。そうこうしているうちに講義が始まる時間がきた。走ってテントに帰り走って移動する。今日の講義は「登山の医学」についてだ。山行中に起こり得る病気について勉強した。終了後テントでビールをひっかけて眠りについた。


8月4日(土)

(3:00)起床―(5:10)出発―(6:30)雪訓―(13:30)撤収―(20:00)寝る

 今日は剱御前の雪渓で雪訓をする。その後剱御前の岩場でマルチピッチの練習をしようと取りつきまで行くも、雷雨のため撤退し基地に戻った。

 テントに帰ると5班の人たちの中で女の争いが始まった。先生もタジタジの上、泣く人まで出る始末。外は雨、テント内で私はどうすればいいのか分からなかったので、とりあえず定着のことを考えたりCフェースのルート図を見たりして、その場に関わらないようにした。今日は早く眠れそうだが夜は長かった。


8月5日(日)

(3:00)起床―(6:00)出発―(7:30)別山の岩場着―(17:00)テント着―(19:10)班別協議・班別研究―(22:00)就寝

 今日は別山の岩場でプロテクション、フィックスロープ、リード、ボルト打ち、懸垂下降、フィックスでのトラバースなどの練習をした。本来ならば六峰Aフェースや、Cフェースなどを登攀するはずなのだが、班の中に体調が優れない人や初心者がいるということで別山の岩場に行った。テントに帰るや否や、またすぐ走って移動する。今日は「危急時対策」や「実技について」などの質問の日だ。各班からさまざまな質問があった。もちろん私も質問したが、あまり大したことではなかったらしい。すぐに流された。今日も疲れたが、明日下山ということで夜遅くまで皆で盛り上がっていたが、私は下山と同時に入山であり、すごく眠かったので酒を飲みながらウトウトしてしまった。


8月6日(月)

(4:00)起床―(6:00)デポしに剱沢キャンプ場へ―(7:00)基地着後セルフレスキューの練習―(8:35)基地発―(12:00)室堂着―(14:00)美女平着―(14:10)研修所着―(17:00)解散―(17:40)研修所発―(19:00)室堂着―(21:20)剱沢着―(22:30)就寝

 今日は剱沢を往復しないといけない。その旨を先生に話して、デポをしに剱沢キャンプ場に行く。荷物は派出所の人に一時預かってもらう事にした。セルフレスキューの練習の後下山する。下山兼入山祝いに班の皆から残った食料を頂く。下山途中、皆とすれ違った時懐かしく思った。研修所に着き、片付けなどをして解散。先生方や班の人たちにお礼を言うと「明日出発しろ」とひきとめられたが皆が恋しく合宿に向かう。最終のケーブルやバスに乗って室堂へと急いだ。室堂で荷物の重さを量ると30s。文登研の時も30kg以上だった。デポしてきても30kg、一体何が入っているのか疑問だった。明るい内に距離をかせごうと急ぎ足。雷鳥坂の途中で日が暮れる。真っ暗。こわいよぉ。すごく怖かった。しかも寒い上にガスってる。おまけに幻聴まで聞こえてきた。やっとのことで剱御前小屋だ。久々の大休止。ここまで怖くてろくに休めなかった。ここからが核心。レリーフがある。レリーフを照らしてしまえば私の中で終わりだ。光の焦点を左にしてひたすら下る。ふっとガスが消え、剱沢小屋の明かりが見えた。一安心。しかも2つのヘッ電の光がこちらに向かってくる。香川さんと耕太郎君か!?急ぎ足になり2人に近づく。後50m、20m、「おーい」と言おうとしたその時、2人から「今晩は」。私の勘違いだったらしい。おっさんとおばさんだった。テントに着くと2人はすやすや寝てた。中馬さんが残してくれていたカレーを涙ながらに食った。美味かった。


雑感

法文学部経済情報学科3年  野口みほ子
 色々なことがその道のスペシャリストから学べて大変ないい経験をしたと思う。あとさまざまな山での生活の仕方があって新しい発見ができて面白かった。基本的に社会人は金持ち。この講習会で得た知識を山岳部の皆に伝えていくことが大切だと思う。とりあえず全体的に楽しかった。願はくばまた行きたい。あと二度と1人での夜の入山は避ける。以上。

<文責:野口みほ子>


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