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夏山北アルプス縦走
期間  2002年8月20日〜8月24日
山域  北アルプス
メンバー  CL:渡嘉敷唯史(2) SL:山田寛子(2) 渡辺剛士(4) 松田芳樹(1)

8月20日 入山日
3:45起床−5:17中房温泉テン場、発−8:33合戦小屋、着−9:45燕山荘、着−11:20燕岳頂上、着−11:50燕山荘−19:00就寝
中房温泉での快適なテント生活の後、縦走が始まった。表銀座と言われている所だけに、人も多く、かなり広い休憩地点も用意されていた。この日は予定通り、高度を上げようと、てくてく歩いた。燕山荘でテントを張り、燕岳をピストンした。眼鏡岩の写真もしっかり撮った。  (渡嘉敷)

8月21日
3:15起床−4:45燕山荘出発−5:10蛙岩手前で休憩−7:40大天井ヒュッテ−9:45赤岩岳の先で休憩−10:26西岳頂上−11:00ヒュッテ西岳
昨夜は風が強かった。今日は予定では西岳までだったけど、槍ヶ岳まで行けたら行こうということで早めに出発。燕山荘からは、稜線歩きで起伏の少ない道だった。しばらくあるくと蛙岩などの大岩が増えてきた。剛士さんは雪山の偵察ということもかねてか、細かいメモをとっていた。その後結構下ると、緩やかな登りが続く。大天井岳には登る予定だったが、直登ルートを見過ごしてしまい、巻いてしまって大天井ヒュッテに出る。頂上へはもう登らず、右側に槍ヶ岳を見ながらの稜線歩きとなる。赤岩岳の手前は岩が多く、ピークはいまいち分かりにくかった。西岳頂上へは、下にデポして5分ぐらいで着いた。そこでこれからの行程について話して、時間的には槍まで行く余裕はあって、みんなそのつもりだったと思うけど、私の体力では今から槍にいくのは無理だと自分で思ったので、今日はヒュッテ西岳までにしてもらった。

8月22日
西岳4:45−ヒュッテ大槍8:15−9:30〜双六小屋−13:30−就寝19:00
早朝、足元に雲海が広がりその他には雲一つない天気の中を出発。最初からガレ場で落石に気を付けながら、東鎌尾根を登った。整備は、よくされて入るものの危険な箇所も多かった。途中、「キャー」という叫び声と共に落石がある。かなり驚いたが、すぐに犯人と思しき猿が現れた。
その後もガレ場を歩き続け、槍ヶ岳山荘に着く。ここからの槍は、ダメ。後、登山者多すぎ。
槍からの下山後、燕、西岳とテント場が一緒だった社会人の方と会い、写真をとる。
下りの西鎌尾根では、便所スリッパで登る人を見っける。後は、硫黄尾根にビックリしたりしながら双六小屋に向かう。

8月23日 晴れ
三俣蓮華岳は結局巻く。昨日「行こう」みたいなこと言っていたが、三俣山荘との三叉路で仰ぎ見る三俣蓮華はあまりにもショボかった。山荘は水が豊富にあった。補給して出発。鷲羽の登りは長い。黒部源流が良く見える。クリモ岳の頂上で戦前のクライマ−みたいな格好の人と会う。地下足袋、ニッカボッカ、ねじり鉢巻に木製背負子ときたもんだ。渋いぜ。水晶小屋まで記憶よりはるかに長かった。今日の目的地、野口五郎岳とそれへ続く稜線が良く見える。わかりやすいが、ちょっとウンザリもする。東沢乗越まで意外と細い岩尾根が続くが、よく整備されているため問題ない。真砂岳から月面みたいな景色が続く。非日本的で最初は面白いがすぐ飽きる。野口五郎小屋で幕。テン場は閑古鳥が鳴いていたが小屋は結構人がいて意外。ここも水なし。風が強い所だ。(渡辺)

8月24日 下山日
3:45起床−5:05野口五郎小屋、発−7:15烏帽子小屋−10:45高瀬ダム(下山地点)
今日で全日程が終わるんだなと思いつつ、テクテク歩いた。前日、前前日の行程とは異なり、下山モード最高だった。ただ、スタート時は下山モードとはいえ、かなり慎重に歩いた。すごいガスでほとんど前が見えず、出発も30分遅らしたぐらいだったからだ。1ピッチを終えると、ガスも晴れ、とても歩きやすくなった。下山しつつ思ったがブナ立尾根を逆に登ると疲れるだろうなと思った。 (渡嘉敷)

雑感
教育学部 養護学校教員養成課程 1年  松田 芳樹
北アルプス縦走は、定着とは打って変わり、晴れ!晴れ!晴れ!で遠く富士山まで眺められるなど、とても気持ちがよかったです。特に早朝の空の青さは最高だった。
反省としては全くといっていいほど、計画段階で関わっていなかった事です。トカさん、山田さん、すいませんでした。今後の合宿ではもっと積極的に関わっていきます。とても楽しかったです。           
                         もっと歩きたかった・・・。

法文学部 法政策学科 2年  渡嘉敷 唯史
今回の山行は初めてCLとしてのものだったが、本番まで緊張感がほとんどなかったなという感じだった。はじめに計画書を作ってから、1人メンバーが増えたにも関らず、日程の変更、共益費の変更など、全くしなかったからだ。縦走中に日程を変えたり、水代やテン場代を考えたりしたりしっかりとメンバー全員の意思確認が行えていたのか、CLとして権限をもっていたのかも反省する必要がある。何はともあれ、けが人なく、山行を行えた事はよかったと思う。

農学部 生物生産学科  2年 山田 寛子
とにかくあっという間だったと思う。初めの計画では剛士さんは入っておらず、1,2年だけだったので、あまり無理した計画を立てたくなくて一日の行動時間を短くしていたけれど、剛士さんが入ったことでいろんなところに余裕ができた。それでもっと先を急ごうということで、途中から私の共装と食糧をみんなにもってもらうことになった。正直くやしかったけど、それは体力不足の私の責任だし、持ってもらう方がみんなに迷惑をかけないんじゃないかと、その時は思った。実際のところ荷物を持ってもらうのも、すごく迷惑なんだけど・・。こんな風に縦走中はほとんど自分のことに精一杯で、SLという役割は全く果たせず、CLのとかちゃんに任せっきりになってしまったことは、本当にごめんなさい。なんかいろいろあったけど、いつもとはちょっと違うこのメンバーで行けたことは、すごくいい経験だったと思うし、今考えるとなぜかおもしろい。みんなありがとうございました。

教育学部 社会専修 4年 渡辺剛士
 異常に金がかかった。水とかテント場代とか。おかげで三次合宿の帰りは財布が本当にすっからかんになった。中崎尾根を見て「あの雪稜は、無雪期にはこんな風なのか」とびっくりした。この辺の山域は三度目だが、一番楽だった。
表銀座〜槍までは「積雪期にやったらどうなるか」と思いながら歩いたが、かなりのビッククライムになるだろう。ちと(かなり?)無理があるな。
あまり反省することもないが、渡嘉敷以下三君はもう少し緻密に計画を立てたまえ。共益費二次徴収とかされたらやばかったよ、君達が。